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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2487号 判決

原告

濱田元治

被告

金崎賢一

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇万七四四〇円及びこれに対する昭和六〇年八月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その一を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二五四万八九二〇円及びこれに対する昭和六〇年八月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五九年二月二五日午後〇時ころ、名古屋市港区名港一丁目二〇番一号先国道一五四号線築地口交差点手前においてて、先行車に続いて信号待ちのため停止していた原告運転の大型貨物自動車(以下「原告車」という)が東から西へ向けて発進したところ、進行方向左側の交差道路から被告運転のタクシー(以下「被告車」という)が原告車と先行車との間に進入してきたため、原告が急ブレーキをかけたが間に合わず、原告車左前部バンパーと被告車右後部ボデイとが衝突した(以下「本件事故」という)。

2  責任原因

被告は、前記一五四号線に進入するにつき交差道路の車両の安全を十分確認したうえ進入すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然と原告車と先行車との間に進入した過失があるから、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

3  傷害及び治療経過

原告は、本件事故により原告車のハンドルに胸をぶつけ、胸部挫傷等の傷害を負い、昭和五九年二月二五日から同年一一月五日まで臨港病院及び上飯田第一病院に通院して治療を受けた。

4  損害

(一) 休業損害 二二一万六〇〇〇円

原告は、当時明徳建商こと丹羽正己の下で運転手として稼働しており、少なくとも一日八〇〇〇円の収入を得ていたところ、本件事故により二七七日間休業を余儀なくされた。

(二) 慰謝料 一一二万四九〇〇円

(三) 治療費 七万二二二〇円

(四) 診断書料 三万二〇〇〇円

(五) 交通費 三八〇〇円

(六) 損害の填補

原告は、自賠責保険から九〇万円の支払を受けた。

(七) 合計

(一)ないし(五)の合計額から(六)の金額を控除すると残額は二五四万八九二〇円となる。

よつて、原告は、被告に対し、右金二五四万八九二〇円及びこれに対する訴状送達日の翌日である昭和六〇年八月一五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実も認める。

3  同3について

原告は、事故の翌日である昭和五九年二月二六日から同年四月五日までの間臨港病院へ通院し(実日数一〇日)、左第九肋骨部挫傷の傷病名で治療を受け、同病院の医師により同年四月五日には治癒と判断されているから、右の限度で通院治療の事実を認め、上飯田第一病院の通院治療と本件事故との相当因果関係は争う。

4  同4について

(一) (一)休業損害は否認する。

本件事故は、軽微な接触事故であり、原告は休業の必要がなかつた。なお、臨港病院の医師は、原告に対し、同年三月一五日に就労を指示している。

(二) (二)慰謝料の額は争う。

(三) (三)治療費については、被告は二九万七二四〇円を支払つており、原告の負担分はない。

(四) 損害の填補

被告が支払つた右治療費のほか、原告は、休業損害、慰謝料及び交通費として九〇万二七六〇円を受領している(合計一二〇万円)。

三  抗弁

原告は、本件事故の直前、信号待ちのため停止していた際、原告車の左側横断歩道付近において被告車が一時停止し、乗客を降ろしているのを認めたのであるから、その動静に注意を払い、同車に進路をあけるなどして接触や衝突事故を起こさないよう注意すべき義務があるのにこれを怠り、被告車が自車前方に進入してくることはないものと軽信して漫然と自車を発進させた過失があるから、損害額の三割を過失相殺すべきである。

四  抗弁に対する認否

原告に過失があるとの主張は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。

二  同3(傷害及び治療経過)について判断する。

1  成立に争いのない甲第三号証、乙第八号証、第九号証の一、二、証人三輪昌彦の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故の際ハンドルに胸をぶつけ、痛みがあつたため事故の翌日である昭和五九年二月二六日から名古屋市港区所在の臨港病院で治療を開始し、同年四月五日まで、左第九肋骨部挫傷の傷病名で通院治療を受けたこと(実日数一〇日)が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

2  成立に争いのない乙第一〇号証の一、二、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証ないし第二一号証及び同尋問の結果によれば、原告は、胸部挫傷の傷病名で昭和五九年三月一七日から同月一一月五日まで名古屋市北区所在の上飯田第一病院に通院して治療を受けたこと(実日数六八日)が認められる。

3  しかし、以下に述べるとおり、上飯田第一病院への通院治療の必要性については、その相当部分に疑問がある。

(一)  本件事故態様を検討してみるに、成立に争いのない乙第一号証ないし第七号証によれば、原告車は、港陽方面から築地口交差点に向い、信号待ちで車両が渋滞したため停止していたが、前方交差点の信号が青に変わり、先行車が動き出したので、発進したところ、入船方面からの交差道路の横断歩道付近で乗客を降ろしていた被告車が発進してきて原告車と先行車との間に進入してきたため、原告が急ブレーキをかけたが間に合わず、原告車と被告車が衝突したことが認められ、これによれば、原告車、被告車ともに発進直後の低速による状態での衝突事故であり、原告がハンドルに胸部をぶつけた衝撃の程度も比較的軽微であつたものと認められる。

(二)  前掲乙第八号証、第九号証の一、二及び証人三輪昌彦の証言によれば、原告が本件事故により胸部に受けた傷害は、レントゲン上の所見はなく、軽傷の部類に属するものであり、治療も原告が痛みを訴える箇所に湿布処置を施したり、消炎剤、湿布剤を投与する程度であつたこと、昭和五九年三月一五日には臨港病院の三輪医師は原告に就労を指示したこと、そして、同医師は、同年四月五日の時点では略治と判断したことが認められる。

(三)  前掲甲第四号証ないし第一七号証によれば、上飯田第一病院の医師は、昭和五九年三月一七日から同年一〇月末ころまで、原告が胸部挫傷により休業、加療を要する旨の診断書合計一四通を発行して原告に交付していることが認められるが、他方、前掲乙第一〇号証の一、二によれば、上飯田第一病院の医師においても、同年四月五日には、日付を遡らせた診断書を請求する原告に対し、そのようなことをしないように注意をしたり、同年六月一二日には、原告には全く勤労意欲がないのではないかとの疑いを抱いたりしていたこと、また、同年五月二九日からは左胸部皮膚炎の治療を開始していることが認められる。

なお、前掲乙第七号証によれば、原告は、本訴提起後である昭和六〇年八月二二日に名古屋区検察庁検察官に対し、原告の傷害は大したことはなかつたが、湿布した部分の水ぶくれの治療が長引いた旨の供述をしていることが認められる。もつとも、同号証中の、私のケガは一応一週位で直つたと思うとの記載部分は、前掲乙第九号証の一、二、第一〇号証の一、二に照らして採用することはできない。

(四)  右(一)ないし(三)の事実を総合すると、原告の胸部挫傷は軽度のものであり、その通院治療の必要性ないし本件事故との相当因果関係は、せいぜい本件事故から三か月程度(前記左胸部皮膚炎の治療を開始した昭和五九年五月二九日の前日まで)の限度で存するものと認めるのが相当であり、それ以降については、本件事故との相当因果関係は否定的に解せざるを得ない。

三  そこで、損害について判断する。

1  休業損害

前記二の1ないし3の各事実を総合して判断すると、原告は、本件事故により、昭和五九年二月二五日から同年三月一五日までの二〇日間は一〇〇パーセント、同月一六日から同年四月五日までの二一日間は八〇パーセント、同月六日から同年五月二八日までの五三日間は五〇パーセントの休業を余儀なくされたものと認めるのが相当であるところ、原告主張の一日平均八〇〇〇円(原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二二号証、同尋問の結果及び弁論の全趣旨により認める)を基礎として休業損害を計算すると、次のとおり五〇万六四〇〇円となる。

8,000×(20+21×0.8+53×0.5)=506,400

2  慰謝料

前記傷害の程度、治療経過等諸般の事情を総合すると、原告が本件事故により受けた苦痛に対する慰謝料は六〇万円が相当と認める。

3  治療費

前掲甲第一八号証ないし第二〇号証、乙第八号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告の臨港病院及び上飯田第一病院における治療費合計二九万七二四〇円は自賠責保険から支払われており、原告が支払つた治療費はないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

4  診断書料

前掲甲第一八号証ないし第二〇号証及び乙第八号証によれば、診断書料は前項の既払治療費に含まれていることが認められ、右以上に原告が診断書料を負担したことを認めるに足りる証拠はない。

5  交通費

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告主張の三八〇〇円を損害と認めることができ、これに反する証拠はない。

6  損害の填補

弁論の全趣旨によれば、前記治療費二九万七二四〇円のほか、自賠責保険から原告に対し、休業補償、慰謝料及び交通費として九〇万二七六〇円が支払われていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

7  合計

前記1ないし3及び5の合計額から6の合計一二〇万円を控除すると、残額は二〇万七四四〇円となる。

四  抗弁について判断する。

損害賠償の額を定めるについて過失相殺をするか否かは裁判所の裁量であるところ、前記の事故態様に照らすと、信号待ちで渋滞中の原告車が青信号に変つて先行車に続いて発進した際、交差道路の横断歩道付近からいきなり被告車が原告車と先行車との間に進入してきたため、急ブレーキをかけたが衝突を避けられなかつたものというべきであるから、本件の場合には過失相殺をしないのを相当とする。

五  結論

よつて、原告の請求は、前記金二〇万七四四〇円及びこれに対する事故後である昭和六〇年八月一五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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